困難の先にまだ見ぬ新しい自分がいます。
そう話すのは俳優であり、「劇団ZERO-ICH」の代表としても活動されている平良太宣さん(今帰仁村出身)。
高校時代に見た演劇に衝撃を受けて志した役者への道、そして自ら劇団を主宰して様々なチャレンジを続ける道のり。
その経験から得られた「自分の夢と悩みを見比べてみることの大切さ」「東京で活動するということ」などをメッセージとして教えていただきました。
(更新日:2021年11月14日)
生い立ちについて
―沖縄ではどんな幼少期を過ごしていましたか?
生まれは今帰仁村ですが、父が事業をしていて3歳までは横浜市で育ちました。その後は母親と共に那覇で過ごして小学校に上がる前に今帰仁村に戻ってきました。
本が好きでシャーロック・ホームズなどの推理小説やSFやファンタジー系もよく読んでいたと思います。面白そうなシリーズを見つけてはお小遣いを貯めて続編を買ったり図書館に通ったりして本の世界に没頭していました。
基本的にはインドア派で1人で過ごすことも好きでしたが、友人とつるんでは昆虫採集に出かけたりしてバランスよく遊んでいたと思います。
中学に入ると人と話すことが好きになって友人と遊ぶことが増えました。部活はソフトテニス部。生徒会長も務めました。文化祭などの発表でも積極的に参加してました。
舞台との出会い
※写真提供:平良太宣さん 劇団ZERO-ICH第15回公演「ガジュマルの樹の下で」(2021年7月、中野MOMO)。
―高校では今につながる転機が待っていたそうですね。
沖縄を代表する舞台演出家の平田大一さんが育成事業の一環として北山高校生たちと制作した現代版組踊「北山の風」を観たことが大きく影響しました。
初の観劇だったのですが、先輩達の演技がとてもカッコよくて物語の世界にグイグイ引き込まれる衝撃を覚えました。
自分もステージに立ってみたいという思いから参加を決めました。
お芝居だけでなく三線を奏でながら歌うシーンや空手の型を披露するシーンもあったのでかなり大変でしたけど、平田さんに指導を受けながら皆でステージを創り上げることができました。
高校最後にとても貴重な経験を出来たことが嬉しく、何よりもお客様の前に立つ高揚感は形容しようがないですね。
そこから完全に舞台の虜になりました。
―高校卒業後の進路はどのように決めましたか?
沖縄の政治、特に基地問題について不満を持っていました。調べれば調べるほど沖縄の置かれた理不尽な現状が露わになってくる。自分でも何か発信はできないかと思うようになりました。
若くして政治活動に参加する人も決して少なくはないですし、SNS等で声を上げる人もいます。でも自分としては『こうするべきだ』と考えを押し付けるのではなく、芸術や表現を通して『なぜこうなったのか?』を人々に考えるきっかけを持ってもらうことはできないかと考えるようになりました。
その為には広い世界で色々経験を積んである程度の発言力を高める必要があると思い、東京に行く事を決意しました。
父親も本土での生活経験があるので『海外に行くか東京にいけ』と背中を押してくれ、1年の浪人生活の末に玉川大学芸術学部に入学することができました。
ー大学生活について教えてください。
入学すると秋から演劇を作る実習が始まりました。でも1年生は最初に裏方を経験しないと役者としての参加はできなかったので、舞台監督や演出助手などの作業を手伝いつつ、どの様にして舞台が創られていくのかを学びました。
2年生になって役に就けるようになって色々な演技理論や技術を吸収しました。玉川大学と沖縄はつながりがあり、実習授業の一環として児童青少年演劇を幼稚園や小学校を巡回する「ちゃんぷるーシアター」を実施していて、2年生から4年生までの3年間毎年夏休みを使って沖縄公演をおこなっていました。
他にもアカペラサークルや和太鼓演奏にも参加したりしてアメリカでの海外公演にいくこともありました。
東京での生活は1年間浪人をしていたのでホームシックはその時に経験済みです。それもすぐに友達が出来たので楽しく過ごせるようになりました。
でも電車の乗り継ぎにはしばらく苦労しましたね。
し烈な競争の文学座研究所
―大学卒業後の進路については
正直、役者としてやっていくという覚悟はまだ出来ていませんでした。
加えて役者以外にも作家や演出、プロデュースにも興味があり、就職活動も含めて進路に迷っていた時に文学座出身の先生に相談したところ、文学座研究所の存在を知りました。
文学座附属演劇研究所62期本科募集
応募資格:18歳以上,経験不問
願書受付:12月6日(月)~12月22日(水)消印有効
1次試験:2022年1月6日(木)
2次試験:1月8日(土)、1月9日(日)入所案内・願書請求受付:10月25日(月)~12月19日(日)https://t.co/UgQYclT0HO pic.twitter.com/EWyzgDjXCv
— 文学座 (@bungakuza) October 9, 2021
ここは文学座の座員を目指す養成所のようなものですが、日本を代表する劇団である文学座の座員になることは至難の業で、研究所に入っても本科1年、研修科2年、準座員2年とそれぞれのステップをクリアしてやっと正式な座員となります。
その過程でも厳しい選考があるので座員になれるのは一握りです。 それでも「受けてみるだけでも」と挑戦したところ、運良く合格することができました。
研究所では当然のことながら毎日稽古の繰り返しです。演技、歌、殺陣など芝居の基礎に加えて公演を通して技術を磨きます。でも大学と違ってここでは丁寧に教えてはくれません。
周りは仲間と言っても狭き門を争うライバル達ですから当然と言えば当然ですよね。下は18歳から上は35歳まで「絶対上に上がってやるぞ」と皆ギラギラしてますから。
ここからがようやくスタートラインだと感じました。自分は1年間しか在籍できませんでしたが、今でも芝居をする上で重要なことを学びました。
それは常に問われた「役者として自立する事」。
演技に自問自答して自分なりの答えを見出す作業は今の役作りにも役立っています。短いけども濃い1年間を過ごすことができました。
反省が次へのモチベーション
―劇団を立ち上げた経緯について教えてください。
研究所時代からいつか自分の劇団を持ちたいと周囲に話していて、その事を覚えていた当時の仲間が一緒にやらないか?と声をかけてくれたました。
そこからの行動は速かったですね。3か月の劇場を押さえてから仲間を募りました。
旗揚げは2019年3月。0(ゼロ)から1(イチ)を立ち上げる意味を込めて劇団ZERO-ICH(ゼロイチ)と名付けました。
発足から月1本ベースで作品を創り続けて僕自身は作・演出だけでなく出演もこなします。
笑いやシリアス、家族ものと様々なテイストの作品がありますが、共通するのは人間賛歌というか、その人が生きてきた味みたいなものを色濃く反映できるようにしています。
また正義か悪かを安易に分けない。それぞれの正義があって今の立場があり、こういう見方もできるんだよというのを意識して入れ込むようにしています。
頭の中のアイデアを具現化するのは楽しいですが、産みの苦しみもあります。また完成して上演したあとも「もっとこうしておけば良かったな」という課題や反省点も必ず出てきます。そういう事も含めて次回作への意欲につながっていますね。
また一方で芸能事務所に所属しながら役者としても活動を始めました。再現ドラマやCMのエキストラなどの小さなチャンスを掴んで実績を残して次第に映画やTVの役つきにも声をかけてもらえるようになりました。
現在は桜庭ななみさん主演の映画「有り、触れた、未来」という作品のプロデュースにも携わっています。 まずは平良太宣という表現者の存在を知ってもらうことが大事なので、どんな端役であっても積極的に挑んでいます。
名前が売れることで発信力もついてくると思っているので、今は1日1日を無駄にせず過ごすようにしています。
「自分の夢」と「悩みの種」を見比べて
―最後に読者にメッセージお願いします。
僕は東京に出てきたことで沖縄では見られなかった景色や経験をすることができました。
ここで出会えた人達はみんな素敵な人達ばかりで、食えない時代にもご飯を食べさせてもらったりして大変助けられました。
もし皆さんが沖縄から飛び立ちたいけども躊躇しているならば、自分に問いかけてください。
「自分の夢」と「今の悩みの種」はどちらが重いか。
夢を取るならばその困難を乗り越える方法を周りの大人たちや仲間に相談して見つけてください。今の時代、必ずその方法はあるはずです。
そしてもし心が折れるようであれば、その時は無理せずに次のチャンスを待ちましょう。信念を持っていれば行動は伴うし、チャンスもまた訪れるはずです。
もし不安があれば僕の経験に基づいてアドバイスを贈ることもできるのでSNS等を通して気軽に連絡ください。
長年慣れ親しんだ環境を離れるのは誰しも大変なストレスです。でもそこを超えた先に、今までは想像できなかった新しい自分を見つけることが出来ます。
平良太宣(たいら・ひろのぶ)
1993年8月15日生まれ 今帰仁村出身。 今帰仁中学、北山高校を経て玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科を卒業。 文学座付属演劇研究所57期本科(昼間部)卒業後、2019年3月に卒業メンバーと共に劇団ZERO-ICHを旗揚げ。作・演出・出演を担う。最新の上演作品に「ガジュマルの樹の下で」(作・平良太宣言、演出・所奏〔文学座〕)などがある。また役者としてもテレビや映画、舞台等で活躍。近年の主な出演作に映画「犬部!」(篠原哲雄監督/2021年)、映画「DIVOCー12」『流民』(志自岐希生監督/2021年) 、「平成真須美ラスト・ナイト・フィーバー」(二宮健監督)ダンサー ハルオ役などがある。
また、映画「有り、触れた、未来」(山本透監督/2023年春公開)のプロデュースにも携わる。 オフィスエルアール所属。
【Twitter】 @hironobutaira
【劇団公式サイト】 劇団ZERO-ICH
平良太宣さん、お話ありがとうございました!